エネルギーワーカーたちへ:大天使メタトロン

大天使メタトロンから、ヒーラーやエネルギーワーカーといった見えないエネルギーを使っている人たちへのメッセージです。

大天使メタトロンのメッセージ

あなたがたを見ていると、もったいないエネルギーの使い方をしています。
結果を急いで、表面的なことだけを便利に手軽に使っているようです。
もっと本質を見極めようとしてください。
そのエネルギーの可能性をもっともっと活用できるようにしてください。
そのエネルギーのすべてを十分に感じきってください。

エネルギーを活用しきれていないエネルギーワーカーたち

私もヒーラーですので、耳が痛いです。

レイキとか天使とか地球とか音とか神聖幾何学とか、あらゆるものを使ったヒーリングがあります。
でも、大天使メタトロンはほとんどの人はエネルギーの一部分、表面的な特性をちょこっと使っているだけだと言っています。

他人にするのも自分のためにするのも同じことがいえます。
アチューンメントを受けたり、自然にできるようになったり、特定のエネルギーを使ったワークをするきっかけは様々でしょうが、、、

果たして、そのエネルギーそのものを自分自身で徹底的に感じきったことがある人は、どれだけいるのでしょうか?
そしてそのエネルギーが持つ可能性をすべて引き出すことができる人は、どれだけいるのでしょうか?

エネルギーを丁寧に感じていくことから始まる

ヒーラー、エネルギーワーカーはもちろんのこと、スピリチュアルを実践しているなら誰もが何かしらのエネルギーと関わっています。
チャネリングでも、相手のエネルギーを感じるところから始まります。

肝心なのは、『丁寧に』でしょうか。
とにかく、結果を急ぐというのが現代人のクセですので。

丁寧に、先を急がず、自分自身の感覚を信じてエネルギーを受け取る。
感覚に全注意を注いで。
日頃親しんでいるエネルギーについて、もう一度誠意をこめて向き合ってみる。

そこから、エネルギーとの新しい関係が築かれていきます。


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龍たちよ目覚めよ!:白金龍

今回は龍から仲間たちへの呼びかけです。

白金の龍なのですが、、、
ええと、、、私の本性です(^^;)
私自身への喝も兼ねた呼びかけのようです。

白金龍のメッセージ

本性に目覚めよ!
観念して認めよ。
みなが待っている。

観念して認めてしまいましょう

私としては、「観念して」というのがちょっと笑ってしまいました(^^;)
まあ、ほんとうにそうなのですよ。
マイノリティとしては。
人間でないものとしては。

地球や人間に違和感がある人でも、たいていは人なのですね。
宇宙人なので。
なので「人」としての括りでは、今も同じわけです。
ただ、ホームシックになっている留学生のようなもので。

ところが、そもそも人でない場合。
なんというか、人間への否定っぷりが半端ないわけです。
もう人を全面的にバカにしているというか理解不能というか、たんなる迷惑な存在だと思っていたりすることもあります。

人と関わりの深い龍とはまたちょっと違うのですよね。
そういう龍は、天使的というか性質が素直というか、、、
私の場合、自然との関わりだけでした。

ですので、自然をぶち壊してばかりの人間が大嫌い(^^;)
もちろん人それぞれ、龍もそれぞれなので全員が人間嫌いではないでしょうが、自分の力へのこだわり(肯定も否定も)は皆持っているような気がします。

今、人間として生きている龍の多くは自分の本性をとても怖いものに感じています。
こういうことは龍に限らず、人というのは本来すばらしいはずの自分の本質を認めるのが怖くて、なんとか目覚めないようにエゴが日々頑張っています。

そして、龍の場合はルーツが人でないというかけ離れ感がありますので、なおさら自分の本性や力が異質なものに思えて抵抗が大きくなります。
私もまだまだ、自分の力が怖くて無意識にセーブしてしまいます。
その辺りが、「観念して」というフレーズにつながったのかなあ、と思いました。

そして、龍であることを自覚するのはいいのですが、ひとつ気を付けないといけないことは、くれぐれも人間をバカにしないこと(^^;)
今、自分は人間であることをしっかり自覚して受け入れて、人間であるこの人生をしっかり生き切ると決めること。

この辺りは、宇宙人系の人も同じです。
今まさに自分は人間として生きていることを受け入れることができなければ、結局、自分をすべて受け入れ愛することはできませんので。
自分をすべて受け入れることができなければ、今生で成し遂げなければならないこともできません。
もう、私は宿題の持ち越しはしたくないです(^^;)

うすうす感じている方も、まるきり心当たりのない方も、この記事を読んだことに何か意味があるかもしれません。
ビビビッ!ときたら、観念して自分の本質そのままを受け入れていこうと決めてください。
そうすれば、自分が本来何者であるかが、だんだんわかってくると思います。

龍だった人も、宇宙人だった人も、その他いろいろな人も。
もう、出しちゃってもOKな時代になりましたので。
村八分にも死刑にもなりませんから。

自分をそのまま、出しちゃってください。

(画像は多頭の西洋型のブラックドラゴンだったうちのネコです。)


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心を鎮めなさい:天の極北

今回は北極星というか、北の極というか、天の極み・中心からのメッセージです。
静かで凛として、果てしなく深い感じの存在です。

天の極北のメッセージ

心をしんと鎮めなさい。
それがあなたがたに今一番必要なこと。
私ははるか昔から変わらずここにあります。
変わりゆくものの中で揺れ動くあなたに
変わらないものがあるということを
知っていて欲しいと思っています。

静けさを求めているか

少し痛切というか、切々とした感じのメッセージでした。

右往左往、あっちへぐらぐら、こっちへふらふら。
いとも簡単に「思惑」にひっかかる。
怒りをつのらせたり、悲しみを膨らませたり。
むやみに縮こまったり、やたらとしゃしゃり出る。

そんな今の私たちに対する言葉です。
果たして、自らを好ましい方向に正していこうと意識的でいる人がどれだけいるのか?
ちょっと、疑問に思ってしまうようなこの頃だったりします。

そういう私も、つい投げ出したくなるときがしょっちゅうあります。
あまりに大きな課題に、もういいや、と働きかけるのをサボってしまいます。
ざわついた重い心をそのままにして、周囲の人間に毒を吐いたりします。

目の前の事象を超えたところを見据える

ぐじゃぐじゃの周囲や自分にばかり目がいくと、もう、どうでもよくなってしまいます。
でもそうでないものが確かにあるという事実。
そこをどれだけ心から確信できるか。

揺るぎないもの、絶対的な安寧は確かにあるということを、どれだけ自分自身と添わせることができるか。
そこのところが、心の安定、魂の静けさにつながっていくようです。

こうあろうとする。
意志の力が求められています。
頑なに周りをはねつけるということではなく。
温かく、でも涼しい眼差しですべてを見ていきたいものです。


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心と感情の違い:ツクヨミ

今日はツクヨミ様からのメッセージをご紹介します。

神話では天照大御神の弟としての「月読尊」が知られていますが、私がつながっているのは女性神です。
ご本人は、「かぐや姫でも、月の女神でも、好きなように呼んで〜」とおっしゃる、気さくでやさしい女神様です(^^)

「ブログでメッセージを伝えたい方、つながってください」とお願いしたところ、来てくださいました。
対象を決めずにこういう呼びかけをしたのは、今回が初めてです。
そんな初めての試みに一番先に応えてくださった、ツクヨミ様からのメッセージをお伝えします。

ツクヨミ様のメッセージ

心と感情を同じように考えている人がいますが、違います。
感情は思考から生まれます。
心はあなた自身の内側から湧き上がるものです。
感情は悲しいとか好き嫌いです。
心は喜びや楽しさだけです。
感情をコントロールするのは難しいと思っているかもしれませんが、思考ですから自分でコントロールできます。
心のお勉強をしましょうね。

心と感情の違い

心と感情は違う、といってもそれぞれの言葉をどう定義するかによると思います。
ツクヨミ様は、感情を思考から生まれるもの、つまりその人の信念体系によるジャッジだと言っています。
一方、心はそういうものに依らない、自分の本質から湧き出るものだとしています。

嬉しい・悲しい、好き・嫌い、愛・憎、、、
確かに、こういうものはその人の価値観に照らして生じ、人によっても状況によっても変化するものです。
それに対して、溢れる陽射しの中で、活き活きとした生命力を感じて無上の喜びを感じる、というようなものは個人の価値観を超えた理屈抜きの感覚といえます。
すべての人に共通するというだけではない、地球にすむものすべて、動物や植物にも共通するものではないでしょうか。

感情はコントロールできる

私たちは、感情に振り回されます。
圧倒され、なすすべもなく自分は感情に対して無力だとさえ思うこともあります。
でも、感情が思考から生まれる、状況により変わってくるものであれば、コントロールできないはずがないのです。

ひとつの好ましくない感情に対応しても、次から次へと浮かんでくる感情に対処しきれるはずはありません。
とすれば、結果として出てきた感情より、それを生み出す原因になっている思考に働きかければよい、ということになります。
人間は考える動物なのですから、思考は得意なはずです。
大抵の人にとっては、思考に働きかけることは、感情そのものに働きかけるよりずっと楽なのではないでしょうか。

具体的なことは、心理学を背景とした本やブログなどに色々と書かれています。
感情を生む仕組みや対処の仕方を勉強し実践することで、感情もコントロールできるようになるのでしょうね。
私は心理学関係の本を読むと、なるほど!と腑に落ちることがたくさんあります。

もちろん、自分で対処しきれないものは専門家の力を素直に借りることが必要です。
でも日頃のケアの仕方を知っていれば、格段に楽になることは確かだと思います。
対象がどういうものなのかを知る、ということはとても大切なことなのだなあと、改めて感じます。


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混沌が生み出す「今」との不一致について

今、地球上にはますます混乱と混沌が広がっていると、多くの人が感じています。
そうした中で、「今」と不一致な状態にある人々をよく見かけます。
一見すると合っているようでも、何かしら違和感を感じることもあります。

いったい何が起きているのでしょうか?
叡智の小箱に問いかけてみました。

叡智の小箱より

  • 濁流の中で自分の信念にすがりついている
  • すがることは停滞、後退を意味する
  • 自分を頼りにすることと自分の信念を頼ることは違う

溺れる者は藁をもつかむ

今の私たちは、地球上に住んできた人々がこれまで経験したことのない状況にいます。
地球そのものが新しい領域にいこうとしているのですから、それは当たり前ともいえることですが、直面する者にとっては厳しいことです。

この先いったいどうなるのか、世界はどこに向かっていくのか、誰もわかりません。
その一方で、時はとてつもない速さで進んでいき、立ち止まってゆっくり思いを巡らせる隙すら与えてくれないようにも感じられます。

このような圧倒的な混沌の中、濁流に揉まれながら手を差し出し自分を支えてくれるものにすがろうと、必死でいるのが今の私たちの状況です。
それは、特定の人や組織や思想だったりするかもしれません。

でも、たいていの人たちはずっと賢いです。
外に頼るべきものはなく、自分自身を頼るしかないのだということを知っています。
多くの人が、自分自身の価値観・信念に基づいて行動しているようです。
ところが、そういう「賢い人たち」が自分の信念にすがりつくことが、不一致を引き起こす原因となっているのです。

すがることは即、停滞であり後退であるということ

激しい流れの中で何かにすがる、なんとか流れから抜け出ようとする。
それは正しい行為にみえますが、実は現状に留まることや後退を意味します。
なぜなら、私たちが今身を置いている流れは、変化への流れだからです。

私たちはとてつもないスピードの中で、いくつもの選択を迫られています。
そして、自分の価値観・信念に基づいて決定をくだし、流れの中を進んでいきます。
ところが、一旦その選択・価値観・信念を絶対のものとしてしまうと、途端に流れに逆らうことになります。
すべてが流れている状況の中では、過去にくだした選択・過去の状況においての価値観・過去の自分の信念は常に「過去のもの」であるからです。

今この時には既に、それは何の役にも立たない過去の遺物と成り果てているかもしれません。
ですから、どれほど自分の選択・価値観・信念に確信を持っていたとしても、それに固執したら今の流れとずれてしまうのです。

自分を頼りにすることと自分の信念を頼ることは違う

では、私たちには何も頼りにするものはないのでしょうか?
そんなことはありません。
自分自身を頼りにする、それはまったく正しいことです。

でも、少し勘違いがあるようです。
それは自分を頼りにすることと、自分の信念を頼りにすることは違うということです。
信念もひとつの思考パターンです。
私たちの中で生み出され、やがては消えていくものです。

そのような不安定なものにすがるのは、おかしな話です。
頼るべきものは、完全なものであるはずですから。
とすれば、頼るべきなのは私たちから生み出されたものではなく、私たちそのものです。

濁流の中での一瞬一瞬の選択は、やがては過去のものとなってしまう価値観や信念によってなされるのではなく、今の自分自身からなされるものでなくてはなりません。
価値観や信念に照らし合わせて、とかではなく。
今の自分の内側から湧き出る方向性にしたがって、今この時に何をすべきかを選ぶべきなのです。

なんだか難しいことのように思えますが、実はよくいわれていることです。
自分の内なる声、直観に従おう、ということです。
でもこれは、何も考える必要はないということではありません。
クリアに自分も他人も状況も見ていこうとする、明確な意識が必要になります。
そのうえで、自分自身の内なる声に耳を傾け、それに従うのです。

明確な意識、つまりどこまでも公平で客観的な視点で状況を見ようとする意志。
それが内なる自分、頼るべき自分としっかりつながるベースになります。
ただただ、「ハートに聞きましょう〜」と安直に言うだけで、自分の枠組みの中でしか考えられなければ、結果的にそのハートの声が単なるエゴということにも気付けません。

今の状況を冷静に、しっかりと受け止めることのできる精神力が求められています。
聖人ではないのだからそんなことは無理だと思うかもしれません。
でも、そうありたいと思うことは誰にでもできます。

自分自身という完璧なライフジャケットを誰もが身につけています。
ですから、流れにのまれることは決してありません。
流れに身を任せ、その流れが行き着こうとしているところに楽々とたどり着くことが、私たちの誰もができるのです。


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