自分をいたわってください:聖母マリア

今回は聖母マリアからのメッセージをご紹介します。

このところ大天使からのスパルタメッセージが続いていましたが(^^;)
週初めの月曜にちょうどいいあたたかなメッセージです。

┃聖母マリアのメッセージ

今あなたはとても疲れている
疲れていることを認めたくないのはなぜでしょうか
頑張らなくてはいけないのは誰のためでしょうか

疲れている
あなたもあなたの周りの人々も

互いをねぎらって自分をねぎらって
互いを慈しんでください

無理強いをしていませんか
何のための行動なのですか

体を休めてください
今はできる限りの休息が必要です

何のために動くのですか
休んでください

動こうと努力できるのなら
休もうと努力することもできるはずです

どうぞ自分をいたわってあげてください


┃第一優先は自分のコンディションを整えること

とにかく今は、自分のコンディションを出来る限り整えることに注力したいです。
もうこの頃のエネルギーの状態はひっちゃかめっちゃかですので。
とにかく疲れます。

エネルギーに敏感かどうかは関係ないです。
みんな同じ環境の中で生きているんですから、生物として、霊的な存在として色んな影響を受けています。

実は、このメッセージは昨日エネルギー状態についてのメッセージをもらおうとしたときに得たものです。

新たな次元に突入とか、何かが起こるとか、こうしてこうなるとか、もうこの際考えなくていいです。
そんなことに気を取られているより、まずは自分を整えることが第一です。

知っていてなおかつそれに踊らされず、妙なテンションにならず、すべてを見渡して粛々と自分を正していられる人なら、色々考えてもいいです。
でも大方の人たち、私たちは、とにかく自分に注意を向けるのが賢明です。

年末で休んでなんかいられない、というのももっともですが、だらだらスマホをいじっている時間を体や心を休ませる時間にあてることは誰にでもできます。
飲み会も、少しでも体に負担のないように自分で工夫できます。

ささいなことでもよいのです。
とにかく、自分をいたわる気持ちを持っていきましょう。


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ズレているかどうかのチェックポイント2つ:大天使ザドキエル

またまた大天使ザドキエルです。
「またですか」と言ったら、「しょうがないだろう」と言われました(^^;)

これは、今が大詰めであるということです。
多少、言葉がきつく感じる人もいるかもしれませんが、ザドキエルは脅かすことが目的ではありません。

今回は、解説の部分でザドキエルが訴えたい人はどんな人なのかわかりやいチェックポイントをあげてみました。
大丈夫だと思っている人こそ見て欲しいです。

┃大天使ザドキエルのメッセージ

目覚めよ!
我々はあなたがたに心地よい言葉をかけるためにきたのではない

警鐘を鳴らしているのが聞こえているのに
聞こえないふりをするな

聞こえているのを利用して他人を惑わせるようなことをするな

あなたがたはいったい何がしたいのだ?
思い出せ
そうではないだろう

本当にそれでいいのか?
本当にそれでいいのか?

疑え!
徹底して疑え!

自分がわかっていないからわかっていると言うのだ
疑え!

騙すな
自分も他人も

時は迫っている

徹底しろ
徹底して問いなおすのだ

焦っていないふりなどいらない
わかったような口をきくな

焦ろ
急げ

時はすぐそこに迫っている


┃ズレているかどうかのチェックポイント2つ

このところ似たようなメッセージが続いていますが、それだけ「私はこれでいいのだ」にしがみついている人が多いようです。

そこで、自分では極めて気づきにくい罠にハマっているかどうかの簡単なチェックポイントをふたつお話しします。

  1. テンションが高い
  2. 「一般の」「普通の」「他の」という言葉をよく使う

1.テンションが高い

高揚感というのは、浮足立った不自然な状態です。
そうなると、冷静な判断はできません。

本当の確信からは、落ち着きが出てきます。
気持ちは明るく軽くても、それが妙なテンションには繋がりません。

2.「一般の」「普通の」「他の」という言葉をよく使う

自分の「これ」以外のものをバカにしたり、自分の「これ」は高度だからお前たちにはわかるまい、と高飛車な態度でいること。

これは大変に厄介です。
気付きを一切シャットダウンしている状態です。
ここにハマっている人が、今は非常に多いです。

┃古典的罠の選民意識にやすやすとハマる人たち

この2つに共通しているものは「選民意識」です。
言わずと知れた、精神世界に関わる人たちが大昔からハマりにハマってきた古典的罠です。

でも、ハマる。
自分と徹底的に向き合ってます!、と言い切っている人でも簡単にハマっている。
古典的すぎてかえって盲点になっているんでしょうか。

自分が「これだ」と確信する思想・グループ・人、、、
そこに固執したり、確信しているふりをするのは自分に自信がないからです。

だからその不安を隠すためにテンションを上げて誤魔化したり、他者が知らないことを教えてくれる「これ」に頼ります。

「普通の人には私がやっていることは理解できない」

「こんなすばらしいことをやらないあいつらはバカだ」

「あいつは間違っている。自分は正しい」

「◯◯を知っている私は正しい道に進んでいる」

「◯◯はすばらしい!!!」

こんなセリフを言っていないか、要チェックです。


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「間違っている」と言って欲しい人:大天使ザドキエル

前回に引き続き、大天使ザドキエルからのメッセージです。

ザドキエルという名は「神の公正」とか「神の正義」という意味ですが、私の感触では「真実をもたらすもの」という感じです。

ザドキエルは、私には顔だけがどーーーんと出ているようにみえます。
表情は違いますが、ローマにある真実の口が思い浮かびます。
真実と顔(お面のような)というのは関係が深いのでしょうか。

それでは、メッセージです。

┃大天使ザドキエルのメッセージ

「あなたがたは間違っている」

絶対的な存在にそう言われることを願う人がいます。
罰を請うているのです。

残念ながらそのような望みに応えることはできません。

あなたのことはあなたがしてください。
我々が取って代わることはできません。

自分で変わろうと思ってください。
自分でおこなってください。

┃罰を請う人たち

罰を請うという行為の裏側には、ふたつの側面があります。

ひとつは、伝統的な価値観に基づく罪と罰の意識。
そしてもうひとつは、絶対的存在にダメ出しされないと動けないという思い込みです。

ひとつめは、一見するとたいていの現代人には関係ないように思われます。
ですが、ほとんどの人は何度も生まれ変わっていますから、現代とは比べ物にならないほどの閉塞的な倫理観の中で生きていた人もいるでしょう。

自分では気付かなくても、過去から引きずってきたものの影響を受けている場合もあるということです。

ふたつめはひとつめとも関連しますが、自ら変わろうとしないための言い訳です。

その人にとって絶対的な存在にダメ出しをしてもらわなければ自分では動き出すことができないと、決めつけているのです。
絶対的な存在は神とか天使とか仏とか師とか先生とか人によって様々です。

自ら決意するだけ

どちらの場合でも、基本的には自分が決意さえすればそれでもうOKです。
それだけなのです。

だから、怖いのですね。
だから、自分でやるのを阻止するのですね。

でも、逆にいいますと、怖がるということは本当はわかっているということです。
怖がっている人も、実際は愚かな存在ではないということです。

ですから、何の遠慮もなく変わっていいのです。
罰を請わなくてもいいのです。
引き換えに何かを捧げる必要もありません。

ただ自分がそうしようと思いさえすれば、それだけで神のわざがなされるのです。
すべての人が神であるので。

そうはいっても過去からずっと引きずってきた観念はなかなか頑固で、今の自分の思いだけで解消されないケースもあったりします。
しかし、そういう場合であってもベースになるのは今の自分の決意です。

過去に原因を求めることを良しとしない考えもありますが、それは過去のせいにして今の自分を改めようとしない姿勢が問題なのであって、過去を探る事自体が悪いということではありません。

なんでもそうですけど、「これだけ」に固執せず状況にあわせて柔軟に対応することが肝心なのですね。

まずは、今の自分が決意する。
そこからほんとうの変化が始まります。


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自分を限定するな:大天使ザドキエル

今回は大天使ザドキエルからのメッセージをお伝えします。

ザドキエルは、アブラハムが息子のイサクを神に捧げようとした時に止めた天使だといわれています。
ズバリ意見を言う感じです。

┃大天使ザドキエルのメッセージ

「これだけ」と限定してしまうのはもったいない。

あなたはすべての可能性を含んでいるのですから
あなたができることもまた無限の可能性があります。

それなのに多くの人は「これだけ」と自らの道を限定し
それを「これが私のあり方」だとすまし顔で言います。

もったいない!

本当に心がオープンであったら、あらゆる可能性を常に摂取しようとします。

限定しているということは
あなたはただ自分がオープンであると勘違いしているだけでしょう。
これでいいのだという確信は、単なる勘違いでしょう。

完全に心を開きたくないから限定するのです。
これ以上向き合いたくないから限定するのです。

これでいいと思っている人は、もう一度自分自身に問いかけてみてください。


┃自分探しの果てに

自分ができること、自分にしかできないこと、自分の強み、自分の使命、オリジナリティなどなど、、、
自己啓発的には、こういうことに着目するべきだとされています。
私もソウルプランリーダーとして、その人の才能や使命とかをお伝えしています。

でも、アリかナシかの二元的考えが身についている私たちは、そうした自分のすばらしいところでさえ、自分の成長を阻む原因としてしまうのですね。

「これだ!」という確信はとても力が湧いてきて、未来に進む足取りをしっかりさせてくれます。
迷ってばかりだった人も、心が軽くなります。

ところが私たちは、すぐにそれを他者への批判や言い訳のタネにしてしまいます。
「私はこれでいい」という言葉の裏には、自分と違う立場の人を見下す気持ちや、さらなる成長を拒む気持ちが隠れています。
「ありのまま」を都合よく解釈している、ともいえます。

┃これでいいと思ってしまうと変化が困難になる

ザドキエルがこのメッセージを伝えにきた時、なかなかのインパクトがありました。
電撃的な感じで、ががっと私に入り込んできました。
サボるのが大好きな私は簡単に罠にはまりますので、私に気合を入れるためかもしれません。
「私はこれでいい」という気持ちは、それだけ頑固なのでしょうね。

この頃ネットを見ていると、自分の「これでいい」に固執している人がとても多いです。
自分の「これ」を執拗に主張しています。
そして、あくまでも自分の枠の中での成長でしかないのに、日々成長している自分に満足して仲間と互いを賞賛しあっている場面もあったりします。
執拗に主張したり、賞賛や承認を求めるということは、本当は自分自身納得していないからです。

これでいいと一旦思ってしまうと、変わるのはとても難しくなります。
それ以外のものを受け付けないので、気づく機会を自分で奪っているのですね。
また、表面的には新しい学びをしているようでも、既にある枠内で思考するので実際には新しいことは何一つ吸収していなかったりします。

いつも疑心暗鬼で心休まらない状態でいろ、というわけではありません。
自分自身への確信と疑いは、共存することが可能だということです。
揺るぎない心をもって、静かな心をもって、自分やすべてのあり方を疑うことができます。

それが、道を見誤ることなく進んでいくことにつながります。


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引き寄せの法則で気をつけたいこと:宇宙のアバンダンス

今回は、引き寄せの法則や宇宙銀行などについてです。

「宇宙のアバンダンス」と私が呼んでいるのは、マザーアースの宇宙版のようなすべてを与えてくれる母のような存在です。
ご本人(ご存在?)ではなく、使者の美しい女性が伝えてくれたメッセージです。

┃宇宙のアバンダンスのメッセージ

あなたが受け取ることを選択するだけで豊かさを無限に受け取れます。
無条件こそが私たちの真理だと誰もが知っているはずなのに、そこに条件を設ける必要があるでしょうか?

今多くの人々がしていることは、私たちの豊かさのほんの一部を利用しているに過ぎません。
その行為が間違っているわけではありません。

ただそれは一部でしかないことを知っていたほうがよいでしょう。

┃真理はどこにあるのか

委ねるだけ、無条件の愛を受け取るだけ、、、
こういうことはよく言われていることなのに、なぜ願望実現となるととたんにあれこれ「作法」を要求するのか、私はずっと不思議に思っていました。

そういうものも、間違っているわけではないのだと今回のメッセージでわかったのですが、、、
多くの人はそれが「すべて」で「真理」だと勘違いをしているようです。

宇宙の豊かさの一部分をうまく使っているので、「効果」はあるのでしょうが、それがすべてだとしてしまうのはもったいないです。
たとえ同じ行為をしていたとしても、全体像をわかったうえでその一側面を用いるのと、それしか知らないのとでは変わってくるのですよね。

特にこれからは、行為そのものではなく、その行為を支えている意識の状態が問われる時代になっていきます。
これは、昨日書きました今年と来年の違いということにも、通じるテーマです。
>>『今年のうちにケリをつけよう:叡智の小箱』

もうごまかしは効かないのですね。
安直に法則を使ったとしても、それだけで実現するのは難しくなってくるということです。
どれだけ全体性を意識できるか、どれだけ自分と全宇宙との関わりを本物にできるか。
そこにかかっています。

そして、法則などのテクニックに頼ると陥りがちなのが「力」に魅入られてしまうことです。
結果が出るとなおさら後戻りできなくなります。
それなしでは、怖くなるのですね。

しかも、自分は力を駆使しているという驕りもでてきます。
そうなると、力を手放したくないために便宜的手法に留まり続けて、いつまでたっても真理に目が向かなくなってしまいます。

┃無条件こそが真理

真理に従うなら、テクニックや法則など必要ありません。
徹底的に自分を開いて受け取ると決めれば、それで受け取れるのですよね。

でも、自分を完全に開く、委ねる、ただ受け取るというのは(簡単でありながら)ものすごく難しいことです。
いってみれば、悟りの境地にあるということですから。
だからこそ、便宜的に法則があるのでしょうが、、、

やはりここは、何もせずともただ思うだけ、あるいは思ってさえいなくても無限に得られるところを目指したいものです。
これは好みの問題ですので人それぞれですが、これが真理で、これが自然なあり方だというのなら、私はこっちのほうが好みです。

じゃあ何もしなくても、寝てるだけでいいの?
となってしまいますが、残念ながら私たちは宇宙と同じ次元にだけにいるわけではありませんので、3次元相応の対応が必要になってきます。

当たり前のことを積み上げていけば成果がでる、という地味で確実な、でも根気がいる方法です。
これをするのが嫌だから、法則に飛びついている人もいるかもしれないですが。

でも私たちはそういう世界にも所属しているのですから、それはそれで現実世界の対処を黙々としていかないと。
現実世界のベースがあってこその、高次の世界ですから。
地球人としては。

個人的なことをいいますと、今の私は現実世界でやることが膨らんでいる状況です。
でも、それはそれで。
高次の世界は高次の世界で。

どちらにも所属している地球人として、淡々とやることをやって、やらないことはやらないで、ニュートラルを保っていこうと思います。


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