自分を”特別な人”にしてくれる秘密を捨てよ:ラー

今回はエジプトの太陽神ラーです。

メッセージに出てくる薬とは、ミイラ製作や儀式に使われた高価な香料、没薬(ミルラ)のことのようです。

┃ラーのメッセージ

干からびた体に
もはや魂が帰ることはない

むせ返るきついにおい

秘密の膏薬
民と支配者を隔てる

 

薬壺の蓋を開けるとき

民は支配者を忘れ
支配者はおのれの体が崩れゆくのを見る

秘密を捨てよ

おまえの体が崩れ去る前に

 

┃自分を”特別な人”にしてくれる秘密を捨てよ:ラー

いつの時代も、一般人と特別な人の違いは秘密を知っているかどうかに関わってきました。

ただお金があるからとか、支配階級だから、というものではないのですね。

彼らは普通の人が知り得ないことを知っている、そのことに最大の意味を見出しているといっていいくらいです。

今の時代を見ても、陰謀論のような話になってしまいますが、超お金持ちだけが知っている◯◯、とかいう記事を見かけたりします。

 

そしてこのことは、スピリチュアルの世界でもあてはまります。

普通の人と、スピリチュアルにおける特別な人である神官、僧侶、霊能者などの違いは、知識と力があるかないかです。

「自分は一般人にはない力・知識を持った特別な人間である」というのが、特別な人たちのアイデンティティになっている、ということをこちらの記事でお話ししています。

『前世のスピリチュアルな経歴が真の変化を阻んでいる』

 

力は生まれつきのものもありますが、知識によるところが大きいです。
例えば特定のメソッドを使ってヒーリングをする、という感じです。

また、力は普通の人が見えないもの見、知らないものを知る、つまり知識を得るためにも使われます。

それに霊能力が発揮されるかどうかは、もともとの資質もありますので、スピリチュアルの知識を持っている神官や僧侶が必ずしも力があるとはいえません。

 

というわけで、知識と力でどちらが重要かといえば、知識といえます。

ちなみに力への執着というのは、これはまたこれでとても根深い問題なのですが、、、

そちらの方はまたの機会に譲りまして、今回はメッセージに沿って知識をテーマに話をすすめていきます。

 

*

今回のメッセージは、前世で特別な人だった方、現世で特別な人だと自負している方へのラーからの伝言です。

知識を捨ててください。
古臭い秘密を捨ててください。

たとえそれが自分を特別な人たらしめる要素であったとしてもです。

なぜなら、特別な人というカラカラに干からびた偶像を捨てなければならないときだからです。

 

今やっていることをすべてやめろ、ということではありません。

知識に基づいたセラピー、あるいはカウンセリングやコーチングのようなもの、それ自体を捨てろといっているのではありません。

 

今やっていることに根深く付きまとっているその選民意識、知識あるものこそが特別だという意識。

そして自分が特別な人であり続けるためには、知識を秘密にしなければならないという思いこみ。

それを捨てて欲しいのです。

 

知識を共有するのは「仲間」だけ、あるいは報酬と引き換えるときのみ、というのは、極端論になってしまいますが、ただの自己保身です。

もちろん、霊的なことは何も知らない人がいきなり秘密を知ってうかつに実行したら危険、ということはあります。

ですが、ここでは根底にある意図を問題にしたいのです。

特別な人であり続けるための秘密の保持なのか、思慮深さからくる秘密の保持なのか。

 

今は、かつてはセミナーやコンサルタントでお金をとって明かされていたノウハウが、一般の人にも簡単に手に入れられるようになりました。

また、これまで隠されていた社会の暗部などがしばしば話題になったりしますよね。

これはネットなどの物理的な手段による秘密の開示、ということであり、秘密を保持していた側にとっては、厳しい時代になったといえます。

ですが、スピリチュアルに関していうと、実はもっとシビアな状況なのです。

 

*

どんどん全体の変化がすすみ、普通の人たちの霊性が開いていると言われています。
私自身、霊能力が自分にあるとは以前は思っていませんでした。

つまり、特別な人たちが独占していた霊的秘密は、もう彼らだけのものではなくなってきているのです。

これが、”薬壺の蓋を開けるとき” ということです。

 

変化を人に説き、リードする立場の人たちが、もっとも変化を理解していないのです。

ただただ願いが実現するとか、不思議な能力を発揮できるとか、変化に伴う表面的なことしか見えていないのです。

そしてそれは、多くの人々にとっても一見魅力的に思えることですから、商売は繁盛するかもしれません。

 

ちなみに、このあたりを理解している人たちは、自分より下の階層にいる特別な人たちの危機感を煽り、セラピスト向けの講座などを開いたりもします。

この場合は、より知識を、より力を、とさらに執着を強めて、特別な人としての地位を保とうと必死なのです。

 

もちろん、スピリチュアルに関わる人すべてがこうだといっているわけではありませんし、誠意あるセッションや講座もあるでしょう。

ですが、歪んだ認識によるものがどうしても目立ってしまいます。

 

特別な人たちが昔昔からしてきたことを相変わらず続けている間にも、彼らの体は崩れつつあります。

これは「特別な人」という彼らが頑強に自分自身であると思い込んでいる虚ろなアイデンティティを成り立たせてきたものが、崩れつつあるということです。

 

つまり、自分たちと普通の人たちを隔ててきた壁が崩れつつあるということです。
特別な人ではなくなりつつある、ということです。

そして、今人々を導く立場にいる多くの人たちが、古い自分の死を恐れるがゆえに、このシビアな状況を正確に把握できずにいるのです。

 

といっても、根本的な変化を望まないのならば、現状を正確に把握する必要はありません。

そして、少なくとも私にとっては、特別な人たちのほとんどは、根本的な変化を望んでいないようにみえるのです。

 

それは特別な人という立場に固執しているためでもありますし、至高ではなく中途段階である自分のルーツ(宇宙人や神仏など)を絶対視しているためでもあります。

役割を持って、目的を持ってそれぞれの段階からこの地球に来たとしても、至高はすべての段階を含むのですから、至高に至ったとしても、元々の目的を果たせなくなるわけではないのですが、、、

 

*

選択はその人の自由ですから、何を目指すのかを私がどうこういえる立場にはありません。

 

では、なぜこんなことを長々とお話ししているのかといいますと、それでもやはり、至高、本質、ひとつなるもの、大いなるものを求めている方がいらっしゃるからです。

たとえ自分が求めているものが明確にはわからなくても、現状に違和感を感じている方はたくさんいらっしゃるからです。

 

ですが、そういう方々は割合からいえば少数派ですから、違和感を感じたとしても自分が間違っているのではないか?、と思ってしまいがちです。

 

私自身がそうでした。

違和感があっても、自分よりはるかに霊能力も高いし修行もしている人なのだからと、疑問を打ち消していたのです。

私の場合は、たまたま大きな気づきがあって、自分自身の道を進もうと思うことができましたが、本当に運がよかったと思っています。

それほど、私はへなちょこでしたので。

 

といっても、今でも突っ込みどころはたくさんあるのですが、それでも自分自身にある程度確信を持って歩むことはできています。

今は定期的に通っているのはヨガだけで、スピリチュアルではどこにも関わっていません。

スピリチュアルを生活の糧にすることもやめ、何にも拘束されずに自分自身が求めるもののみを求めていける環境にしています。

 

このブログは私の偏屈な性格を反映して、一風変わった感じでお届けしています。

現状に何らかの違和感を感じている方々が、自信をもってご自身の道を歩むきっかけになりましたら、幸いです。

 


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ちく
魂の本質 ―自由でオープン、活き活きした静けさ― を生きるためのスピリチュアルです。