キリスト教の呪縛(正確には誤解)からの自由:大天使ウリエル

今回はヤコブと闘った天使とされるウリエルです。

現在、あるいは過去世でキリスト者であった人々へのメッセージですので、たくさんの方々が対象になります。

馴染みのない内容かもしれませんが、内容を気にする必要はありません。
ウリエルの意図を感じ取ろうとしていただければ大丈夫です。

┃大天使ウリエルのメッセージ

私をとらえて離そうとしない者に
神の祝福あれ

必死によりすがり
ただひとつだけのものを希求する者

その者こそが真の光を見るもの
勝利の栄冠はその者にこそ与えられる

私は神の代理人であるが
神そのものでもある

似姿を追うのは
意味ないことと言うなかれ

神が遣わしたものはすべて

神に通ずる道でもあり
神でもある


┃キリスト教の呪縛(正確には誤解)からの自由

ろくにキリスト教についての知識がない私がこういうことをお伝えするのは冷や汗ものです。
ですが、これはとても重要なことですので分不相応は承知のうえでお話しさせていただきます。

キリスト教は今でも非常に多くの人々が信仰していますし、昔に遡れば人数もさることながら、人々に及ぼす影響力というのは現代の日本人には想像を絶するものがあります。

新しいフェーズに入り、さらに進化していこうとしている私たちにとって、とても大きな障壁となっているのがキリスト教の呪縛なのです。

といっても、既存の宗教がまったく無意味だということを言うつもりはありません。
ただ問題であるのは、その教えから生じた呪縛のために、私たちが意志において完全な自由を得ることができにくい、ということです。

 

どんな組織でも組織となった途端に腐敗が始まりますから、教会が今までしてきた数々の愚行が呪縛の原因であることは確かです。

ですが、今、あるいはかつてキリスト者であった人々、一人ひとりの誤解がものすごく大きいように感じます。

しかしそれは致し方ないことでもありました。
多くの人は読み書きができませんし、教会で教えられたことを鵜呑みにする以外は許されませんでしたから。

自分で考える機会を持つ聖職者や修道者であったとしても、ほとんどの人はそれまでに積み重ねられてきた聖書の解釈や神への対し方からまったく逃れることはできませんでした。

 

今回のチャネリングメッセージの内容が聖書の一場面における正しい解釈である、というつもりはまったくありません。

ただ、これまで人々の間に累々と積み重ねられてきたものと決別して、自分自身で神と向きあうことが求められているということです。

それこそが、真の自由意志なのです。
自分自身で、自分の責任において、神と向きあうということです。


画像:Gustave Doré, Jacob Wrestling with the Angel (1855)

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