薄汚い皮膚をまとったままで上昇する:エア

今回は氣といいますか、四元素の空気(air・風)です。

┃エアのメッセージ

地上に囚われていた私たち
今こそ天に向う時

しがらみの中で自分を忘れ
傷ついたかのように装った

私は上昇する
薄汚い皮膚をまとったままで

天に昇る資格などないと思うなら
その時こそが昇る時

打たれ傷ついた私を取り巻くのは
天に向かって昇りゆくエア


┃色んな存在が、抜け出ようとしているわけです

元素のメッセージって何?と疑問に思われるかもしれませんが、こういうものは象徴で、その時感じた氣(エネルギー)の特徴として浮かんできた言葉で書くようにしています。

どんなものも生きていて意志がありますので、氣とかエネルギーとか風とか雨でも、いろいろ喋ります。

といっても、天使や神などの人格化されたものはメッセージもわかりやすいし、受け取りやすいのですが、氣のように天地自然に遍満するものはとらえどころがないので、結構難しいです。

でも今回はちょっと人格化された感じでした。

風神や風の精霊というほど密度が濃くはなく、かといって普通の氣ほど希薄ではなく、、、
人が世界を説明するためにあれこれ知恵を絞った結果である、四元素の名が浮かんできました。

ともかく、もう、色んな存在が「かつての自分」から抜け出ようとしているのですね。

でもそれは、きれいさっぱり浄化された結果ではないんです。
かつての自分の垢をつけたまま、そのままでも、天に昇るには十二分な資格があるのですね。

エゴや思い込みに囚われている愚かな自分のままでも、すべてである完全なひとつのものと自分は同じなのだと知ることができる、ということです。

人というのはついつい順番とか階梯に囚われてしまうのですね。
1の次は2、2の次は3、、、、
そうやって最終的に行き着くのだと。

四元素の概念は錬金術でも取り入れられたようですが、それこそ錬金術なんて、あれこれ手順を踏んでようやく金ができるのだとされていました。

でもこれって、いわゆる一神教的な直線の歴史観なんですよね。
スタートとゴールはひとつの直線上の両極である、と。
そこに至るには、苦労に苦労を重ね、野越え山越え海越えて、、、

でも、よくよく考えてみれば、東洋人の私たちならスタートもゴールも同じところにあるとわかっているはずです。

だったら、「私なんて」とかいうセリフは無しにしましょう。
だって、スタートもゴールも一緒なんですよ?

だったら、かつての自分が、今の自分が、どれだけダメダメであったとしても、それがゴールに到達する妨げなどにはならないです。

妨げになるのはただひとつ、「私なんて」「まだまだ」「ムリムリ」という言葉たちです。

もう、やめましょう。
自然界も、もう、すべての存在が、やめようとしているのですから。


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ちく
魂の本質 ―自由でオープン、活き活きした静けさ― を生きるためのスピリチュアルです。