私は審判を告げる者ではない:大天使ガブリエル

今回は大天使ガブリエルですが、みなさんが持つガブリエルのイメージとは違う感じかもしれません。

┃大天使ガブリエルのメッセージ

私は告げる
あなたがたの終わりを

古ぼけた自分にすがりついている
あなたが手放せないあなたを引き剥がす

私は審判を告げる者ではない
私がもたらすのは審判ではない

私は神の御前において
あなたがたに決断を求めるものとしてある

統べろ
あなた自身を

審判を待つのは愚かなこと

決然と
すべてのあなたの過去を形作っていたものと袂を分かて


┃人に厳しく決断を迫る大天使ガブリエル

女性の天使とされることもあるガブリエル。
聖母マリアへのお告げのこともあり、特に近頃のスピリチュアルでは優しげなイメージが一般的かもしれません。

ですが、ガブリエルは人にとって受け入れがたいことを突きつける厳しい一面があります。
マリアも最初はとても戸惑っていました。

イスラム教でも、創始者ムハンマドに神の言葉を告げたのはガブリエル(イスラム教ではジブリール)です。
でもムハンマドは、ガブリエルが迫ってくるのが怖くて怖くて仕方ありませんでした。

ところで、最後の審判という概念は私たちにとても大きな影響を与えています。
聖書の神とは関係ない人も、かつてはそういう世界観の中で生きていた過去もあったかもしれません。
また、キリスト教でなくても死後の裁きという概念は宗教や時代を問わず数多くあります。

結論をいいますと、私たちは最後の審判を乗り越えなければいけません。
それは良い行いをして天国へ、というものではなく、最後の審判そのものを「なかったことにする」ということです。

この最後の審判、つまり終末への恐れが今までの歴史の中でどれだけ人々を惑わせてきたか。

何かを恐れるということは、それにとらわれているということです。
終末を恐れるがゆえに、世の中の様々な出来事や不確かな予言に不安を煽り立てられます。

決然とそんなものからは離れよ!

そんなものとは何か?
今までの自分を形成してきたすべてです。

この、一番私たちが困難だと感じることを、ガブリエルは厳しく迫っています。

これは、終末を恐れる人にだけ告げられたことではありません。
メッセージの中でもはっきり言っていますが、終末を待ち望む人も同じです。

終末を待つということには、善行の報いとして天国に行くことを期待することと、くだらない世の中を終わらせたいと思うことの二種類があります。
ですが、どちらも同じです。

ガブリエルは問います。
おまえはどうするのだ?、と。

恐れるのも、待ち望むのも、どちらも終末にとらわれています。
しかし、今必要なのはそんな使い古された歴史劇ではありません。

私たち一人ひとりの決断。
徹頭徹尾自分自身の責任として。

そこが今、一番求められていることです。


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ちく
魂の本質 ―自由でオープン、活き活きした静けさ― を生きるためのスピリチュアルです。