「間違っている」と言って欲しい人:大天使ザドキエル

前回に引き続き、大天使ザドキエルからのメッセージです。

ザドキエルという名は「神の公正」とか「神の正義」という意味ですが、私の感触では「真実をもたらすもの」という感じです。

ザドキエルは、私には顔だけがどーーーんと出ているようにみえます。
表情は違いますが、ローマにある真実の口が思い浮かびます。
真実と顔(お面のような)というのは関係が深いのでしょうか。

それでは、メッセージです。

┃大天使ザドキエルのメッセージ

「あなたがたは間違っている」

絶対的な存在にそう言われることを願う人がいます。
罰を請うているのです。

残念ながらそのような望みに応えることはできません。

あなたのことはあなたがしてください。
我々が取って代わることはできません。

自分で変わろうと思ってください。
自分でおこなってください。

┃罰を請う人たち

罰を請うという行為の裏側には、ふたつの側面があります。

ひとつは、伝統的な価値観に基づく罪と罰の意識。
そしてもうひとつは、絶対的存在にダメ出しされないと動けないという思い込みです。

ひとつめは、一見するとたいていの現代人には関係ないように思われます。
ですが、ほとんどの人は何度も生まれ変わっていますから、現代とは比べ物にならないほどの閉塞的な倫理観の中で生きていた人もいるでしょう。

自分では気付かなくても、過去から引きずってきたものの影響を受けている場合もあるということです。

ふたつめはひとつめとも関連しますが、自ら変わろうとしないための言い訳です。

その人にとって絶対的な存在にダメ出しをしてもらわなければ自分では動き出すことができないと、決めつけているのです。
絶対的な存在は神とか天使とか仏とか師とか先生とか人によって様々です。

自ら決意するだけ

どちらの場合でも、基本的には自分が決意さえすればそれでもうOKです。
それだけなのです。

だから、怖いのですね。
だから、自分でやるのを阻止するのですね。

でも、逆にいいますと、怖がるということは本当はわかっているということです。
怖がっている人も、実際は愚かな存在ではないということです。

ですから、何の遠慮もなく変わっていいのです。
罰を請わなくてもいいのです。
引き換えに何かを捧げる必要もありません。

ただ自分がそうしようと思いさえすれば、それだけで神のわざがなされるのです。
すべての人が神であるので。

そうはいっても過去からずっと引きずってきた観念はなかなか頑固で、今の自分の思いだけで解消されないケースもあったりします。
しかし、そういう場合であってもベースになるのは今の自分の決意です。

過去に原因を求めることを良しとしない考えもありますが、それは過去のせいにして今の自分を改めようとしない姿勢が問題なのであって、過去を探る事自体が悪いということではありません。

なんでもそうですけど、「これだけ」に固執せず状況にあわせて柔軟に対応することが肝心なのですね。

まずは、今の自分が決意する。
そこからほんとうの変化が始まります。


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ちく
魂の本質 ―自由でオープン、活き活きした静けさ― を生きるためのスピリチュアルです。