今週のメッセージ*真理を求めて何をすべきか:大天使ウリエル

ウリエルとは「神の光」「神の炎」を意味しており、旧約聖書においてヤコブと格闘する天使ではないかともいわれています。

┃6/26-7/2今週のメッセージ:炎の人ウリエル

どうだ? 最近は?

何やら右往左往しているようだが

思い出してみろ
かつてのお前を

私にすがりついて離さなかった
必死だったお前

それが今では
ずいぶん余裕がある振りをして

自分自身がわかったかのようにしている

それが自分に対する制限であるというのに

 

なぜ神を求めないのだろうな
お前たちは

真の神を

積み上げてきた余計な知識
それがお前を邪魔する

ただ神のみを求めることを
負けだと思っている

自分が丸裸になるのが怖いだけ

知識経験
それらがすべて意味のないものだということを
認めることを恐れている

それを恐れていることに気づかず
正しいゴールに向かっている自分を固く信じている

正しいゴールというものがもしあるとしたら
それは正しいゴールと思われるようなものではない

それを知るのはひとり神のみ

だからお前たちはあれこれ考えず
ただ神を求めればいいのだ

 

┃真理を求めて何をすべきか

”お前たちはあれこれ考えず
ただ神を求めればいいのだ”

この言葉に抵抗を感じる人は非常に多いと思います。

ですが、この旧時代の遺物のようなこの言葉こそ、スピリチュアルに惹かれる人たちのほとんどが陥っている罠を抜け出す鍵なのです。

 

何かの目標のために何かをすること、私はそれを「作為」といっています。
無為自然の無為というのは、何もしないということではなく、この作為から自由になっている状態です。

ところが人は作為を手放すことができません。
というのも、作為こそが人と動物を分ける理知ある人間としての価値だと固く信じ込んでいるからです。

「進化」「階梯」「悟りの道」―
これらは「何かをすることによって、よりよい何かになる」という呪縛なのです。

 

今は本による知識が優先している時代なので、禅やアドヴァイタ(非二元)などの知識を元に、「うむ、そんなことはわかっている」と言っていたとしても、根っこのところでは作為を捨てている、つまり自分をすべて捨てているわけではありません。

なぜなら、彼らのいう「悟りを達成する」のは、あくまでも「自分」だからです。
自分が残っているために、無や非二元という「概念」を至高だと勘違いしているのです。

たんに仏像やイメージ、光などの可視的なものを超えるだけでなく、概念さえも超えたもの、人が認識しているありとあらゆるものを超えたものが、悟りであり真理であり、ウリエルのいう神です。

 

これを成すのは不可能です。
なぜなら、人の認識を超えたものを人の行為で成せるはずはなく、まさに「無為」から生まれるものだからです。

ですが、やはりこれを認めることが人には非常に難しいのです。

 

現実世界で、例えば試験に受かるために勉強をする、というのはもちろん有効です。
ですが、それはあくまでも「その位相」において有効であるということです。

これは見えない力においても同じです。

引き寄せを活用して、願望を実現したという人もいます。
あるいは、瞑想で心がクリアになったりもするでしょう。

ですが、このような法則、修行、修法、ヒーリングなど、見えない力(霊的なエネルギー)を駆使した様々な行為が有効なのは、その行為が及ぶ範囲内という限定的なものです。

 

ところが、この限られた領域で通用するゆえに、それを拡大解釈してしまい、真理でさえも何かを成すことによって得られるものだと強烈に思い込んでしまうのです。

強烈にです。

何かに対して力を及ぼし結果がでた、という成功体験がその人を酔わすため、何度でもその体験を求め、それなしでいられなくなるのです。

 

こういうと、ブロックや思いこみを解放するワークをすればいいのでは?、となってしまいますが、もちろんこういうワークは限定的ですから、真理とは無縁です。

人に課されてきた限定的な世界での限定的な思いこみが、あまりにも多かったために、これらは有効に思われてきました。

ですが、それとこれとは別だということを、きっぱり認めることが必要です。
それはこれまで多くの人がしてきた行為を否定することではありません。

「それとこれとは別」
ただ単に、そういうことです。

 

場合によって対症療法的な西洋医学が有効で必要なのと同じことです。

行為に何の意味もないのではありません。
自分の求めるところに従って、瞑想が好きならやればいいし、ワークが必要だと思うならすればいいのです。

それらが限定的であり、真理と直結しないことを理解したうえでです。

 

そのうえで

”お前たちはあれこれ考えず
ただ神を求めればいいのだ”

 

という「無為」、つまり自分を捨てることだけが真理に直結する、真理そのものであるゆえに―

真理を得るために何もすることはなく、ただ神が与えるそのまま(それは神自身)を迎え入れることができる自分であることを願う他に、「なりたい自分」など無いのだと―

といっても、自分を完全に捨ててしまえば、なにひとつ求めるものも願うものもなくなるので、そのような自分であってさえどうでもよくなるのですが―

 

では今、すべきことは何なのか、といえば、、、

要するに、これまでずっと求めてきた、作為によって得られる「◯◯な自分」を、きれいさっぱり諦めてしまえ、ということです。

 


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